法学部政治学科 安 一権
洪斗純(筆者のお祖母さん)1944年生
日本領 朝鮮 巨濟島 出身(現在、大韓民国 慶尙南道 巨濟市)
バックグラウンド:独立1年前、 巨濟島の大地主家門の娘で出生。1966年、在日2世出身の男性と結婚(筆者のお祖父さん)。現在は筆者の実家の近くで老後生活を過ごしている。
筆者の祖母は1944年生まれなので、祖母が記憶する曾祖父の話を再構成したことをあらかじめ書いておく。
私が1歳の時だったよね、1945年8月16日··· 父の話によると、日本の植民地支配から解放された瞬間、ソウルは言葉では言い表せない歓喜と感激に満ちていたそう。街ごとに人々は互いに抱き合って「独立万歳」を叫びながら踊り、農民·労働者·学生。。身分を問わず皆が涙を流しながら自由を迎えたという。36年間の支配の中で抑圧されたアイデンティティと自尊心が蘇るような解放の喜びだったよ。ところで、なぜ8月15日ではなく8月16日だったかというと、日本語の玉音放送の内容がばり難しくて韓国語に翻訳するのに時間がものすごくかかったからだそう。そして残留日本人は追い出されるように朝鮮を去ったらしい。
おわりに
筆者の祖母の記憶を通じて、戦後の独立による当時の韓国人の喜びを確認することができた。しかし、時間が経つにつれ、喜びはすぐに混乱と不安に変わった。日帝の残滓が清算されない現実の中で親日勢力が依然として支配層として残っていて裏切られた感が広がり、[1]米軍政とソ連軍の進駐によって朝鮮半島が南と北に分かれた事実は独立の歓喜を崩した。日本の支配による傷と屈辱の記憶は簡単に消えず、これを通じて現在の韓国の高齢層には日本に対する深い恨みと反感が定着するようになった。結局、解放直後の韓国人は自由を取り戻した喜びの中でも分断の始まりと社会的不平等、日本支配の残滓が残した傷で複合的感情を感じ、新しい国家を建てようとする熱望と混乱が交差する激動の時期を迎えた。2025年、現代社会ではこのような悲劇が繰り返されないように努力しなければならないだろう。
[1] https://encykorea.aks.ac.kr/Article/E0019962, 「韓国民族文化大辞典」、2025年10月25日閲覧

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